ったり来るものを感じ、かれこれと品定めは無用、今まで人の目につかなかったのが不思議と、思わず食指の動くのを感じた。

      七

 行きつけの家で松島はしばらく小菊を呼んでいた。電話でもかけておかないと、時には出ていることもあったが、耳へ入りさえすれば少し遅くなっても、彼女はきっと貰《もら》って来ることにしていた。
 するとある日、約束の日に仕事が立て込んで行けず、翌日少し早目に出かけて行くと、彼女はいなかった。
「何ですかね、見番は用事になっているそうですけれど、そのうちには帰るでしょう。繋《つな》ぎに誰か呼びますから、どうぞごゆっくりなすって。」
 女中は言うのであった。
 しかし松島は呑《の》めそうにみえて、酒はせいぜい二三杯しか呑めず、唄《うた》も謳《うた》わず、女に凝る一方なので、小菊がいないとなると遊ぶ意味もなかった。芸者が二三人来て、お銚子《ちょうし》を取りあげ酌《しゃく》をするので、一口二口呑んでみても口に苦く、三味線《しゃみせん》を弾《ひ》かれても陽気にはなれないで、気を苛立《いらだ》つばかりであった。松島は待ちきれず、つかつか廊下へ出て女中を呼び、病気か遠出か
前へ 次へ
全307ページ中89ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング