り、波の音かと思われる鼓や太鼓が浜風に伝わった。小菊はそこに七年もいたが、次第に土地の狭苦しさに堪えられなくなり、客に智慧《ちえ》をかわれたりして、東京への憧《あこが》れと伸びあがりたい気持に駆られた。彼女は赤坂へと住みかえた。
 松島を知ったのは、ちょうどそのころであった。
 松島は儲《もう》けの荒いところから、とかく道楽ものの多いといわれる洋服屋で、本郷通りに店をもっていた。年上の女房に下職、小僧もいて、大学なぞへも出入りしていた。この店を出すについての資金も、女房の方から出ていた。松島はそうした世渡りに特別の才能をもっており、女の信用を得るのに生まれながら器用さもあった。
 一夜遊び仲間と赤坂で、松島は三十人ばかり芸者をかけてみた。若い美妓《びぎ》もあり、座持ちのうまい年増《としま》もあった。その中に小菊もいて、初め座敷へ現われたところでは、ちょいとぱっとしないようで、大して美形というほどでもなく、芸も一流とは言いがたく、これといって目立つ特色はなかったが、附き合っているうちに、人柄のよさが出て来、素直な顔に細かい陰影があり、小作りの姿にも意気人柄なところがあった。
 彼は何かぴ
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