出の着物で島田の半身像のほかに仮装が幾枚かあり、手甲《てっこう》甲掛けの花売娘であったり、どんどろ大師のお弓であったりしたが、お篠お婆さんに似て小股《こまた》のきりりとした優形《やさがた》であった。赤坂時代のだという、肉づきのややふっくりしたのなぞもあった。
 均平もちょっと手に取ってみたが、どこか大正の初期らしい古風な感じであった。
 この小菊と松島との情痴の物語は、単に情痴といって嗤《わら》ってしまえないような、人間愛慾の葛藤《かっとう》で、それが娼婦型《しょうふがた》でないにしても、とかく二つ三つの人情にほだされやすいこの稼業《かぎょう》の女と、それを愛人にもった男との陥りやすい悲劇でもあろう。
 均平は芝居や小説にある花柳|情緒《じょうしょ》の感傷的な甘やかしさ美しさに触れるには、情感も疾《と》うの昔しに乾ききり、むしろ生まれつき醜悪な心情の持主でさえあったが、二人の愛慾の悩みは、あながちよそごとのようにも思えなかった。
 小菊は親たちが微禄《びろく》して、本所のさる裏町の長屋に逼塞していた時分、ようよう十二か三で、安房《あわ》の那古《なこ》に売られ、そこで下地ッ児《こ》として
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