てからの子供だけに、歓喜も大袈裟《おおげさ》なもので、毎日々々湯を沸かし、新しい盥《たらい》を部屋の真ン中へ持ち出して湯をつかわせるのだった。
 品子は小さい時分から、松島の第二の妻の姉に愛され、踊りや長唄《ながうた》を、そのころ愛人の鹿島《かしま》と一緒に、本郷の講釈場の路次に逼塞《ひっそく》し、辛うじて芸で口を凌《しの》いでいた、かつての新橋の名妓《めいぎ》ぽん太についてみっちり仕込まれたものだったが、商売に出すつもりはなく、芸者屋の娘としては、おっとり育っていた。
 銀子は噂《うわさ》にきいている、土地で評判の品子の姉の写真が見たく、ある時老母にきいてみた。

      六

「私長いあいだお宅にいて、小菊姐さんの写真つい見たことないわ。」
 銀子が老母のお篠《しの》お婆《ばあ》さんに言うと、彼女は子供のような笑顔《えがお》で、
「写真はお父さんが、束にして天井裏かどこかへ仕舞ったのさ。」
 小菊は松島の死んだ妻で、品子姐さんの姉の芸名だが、お篠おばあさんは、そう言いながら、仏壇の納まっている戸棚の天井うらから、半紙に裹《くる》んだものを取り出して来た。
 銀子があけてみると、
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