くれるんで張合いがあるんです。勘定をきちんとする主人なんてめったにありませんからね。」
一週に一度松島は品子をつれて銀ぶらに出かけるのが恒例で、晩飯はあの辺で食うことにしていたが、彼は元来夜店のステッキと綽名《あだな》されたほどでつるりとした頭臚《あたま》に、薄い毛が少しばかり禿《は》げ残っており、それが朝の起きたてには、鼠《ねずみ》の巣のようにもじゃもじゃになっているのを、香油を振りかけ、一筋々々丁寧にそろえて、右へ左へ掻《か》き撫《な》でておくのだったが、この愛嬌《あいきょう》ある頭臚も若い女たちを使いまわすのに、かなりの役割を演じていた。しかし年が大分違うので、まだ二十《はたち》にもならないのに、品子には四十女のような小型の丸髷《まるまげ》を結わせ、手絡《てがら》もせいぜい藤色《ふじいろ》か緑で、着物も下駄《げた》の緒も、できるだけじみ[#「じみ」に傍点]なものを択《えら》んだ。彼女の指には大粒のダイヤが輝き、頭髪《あたま》にも古渡珊瑚《こわたりさんご》の赤い粒が覗《のぞ》いていた。
子供が初めて産まれた時も、奇蹟《きせき》が現われたか、または何様の御誕生かと思うほど、年取っ
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