のお神に厭応《いやおう》なし持って行かれるというふうだったが、それでもたまには隙《ひま》を食う宵《よい》の口もあり、いやな座敷を二階へ秘密で断わることもあった。すると松島は近所で聞こえる燧火《きりび》の音に神経が苛立《いらだ》ち、とんとんと段梯子をおりて来て、
「おい、近所は忙しいぞ。お前たち用事でもつけたのなら、伝票切るんだ。」
 と呶鳴《どな》る。
 しかしその気分に憎むべきところがなく、またお株が始まったくらいで、お馴染《なじみ》が来たとき、出先でその分の伝票を切ってもらうことにしていた。抱えたちを競争させることにも妙を得ていたが、親たちの歓心を買うことにも抜目がなく、本人の借金が殖《ふ》えれば殖えるだけ、主人は儲《もう》かるので、親への仕送りを倍加するという一石二鳥の手も使うのであった。親もその手には乗りやすく、主人をひどく徳としていた。
「私のお母さんなんか、来るたびにちやほやされて、盆暮には家中めいめいにうんとお中元やお歳暮をもらうもんだから、あんな話のわかる御主人はないと言って、有難がっていたものよ。」
 銀子は言っていた。
「けど一ついいことは、月末の勘定をきちんとして
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