こう》じて、本来の自己を見失ってしまい、一度軌道をはずれると、抑制機《ブレーキ》も利かなくなって、夢中で遊びに耽《ふけ》っていたので、酒の醒《さ》めぎわなどには、何か冷たいものがひやりと背筋を走り、昔しの同窓の噂《うわさ》などを耳にすると、体が疼《うず》くような感じで飲んで遊んだりすることが真実《ほんとう》は別に面白いわけではなかった。ことに雨のふる夜更《よふ》けなどに養家において来た二人の子供のことを憶《おも》い出すと、荊《いばら》で鞭打《むちう》たるるように心が痛み、気弱くも枕《まくら》に涙することもしばしばであった。しかしほとんど酷薄ともいえる養家の仕打ちに対する激情が彼の温和な性質を、そこへ駆り立てた。
 今はすでにその悪夢からもさめていたが、醒めたころには金も余すところ幾許《いくばく》もなかった。それでも気紛《きまぐ》れな株さえやらなかったら、新婚当時養家で建ててくれた邸宅まで人手に渡るようなことにもならなかったかも知れなかった。
 そのころには世の中もかわっていた。放漫な財政の破綻《はたん》もあって、財界に恐慌が襲い来たり、時の政治家によって財政緊縮が叫ばれ、国防費がひどく
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