をかけるだけの細かい頭脳《あたま》を働かすことはしないで、すべて大雑把《おおざっぱ》にてきぱき捌《さば》いて行く方で、大抵は呉服屋まかせであったが、商売人の服装には注意を怠らなかった。
「この花柳界は出先が遠くて、地理的に不利益だね。」
 均平は呟《つぶや》きながら、いつか黄昏《たそがれ》の色の迫って来る街《まち》をぼんやり見ていた。

      三

 均平は、こんな知明の華《はな》やかな食堂へなぞ入るたびに、今ではちょっと照れ気味であった。今から十年余も前の四十前後には、一時ぐれていた時代もあって、ネオンの光を求めて、そのころ全盛をきわめていたカフエへ入り浸ったこともあり、本来そう好きでもない酒を呷《あお》って、連中と一緒に京浜国道をドライブして本牧《ほんもく》あたりまで踊りに行ったこともあったが、そのころには船会社で資産を作った養家から貰《もら》った株券なども多少残っていて、かなり派手に札びらを切ることもできたのだが、今はすっかり境遇がかわっていた。今から回想してみるとそのころの世界はまるで夢のようであった。これという生産力もなくて、自暴《やけ》気味でぐれ出したのがだんだん嵩《
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