かぶき》などとともに日本の矜《ほこ》りとして、異国人にまで讃美されたほどなので、今日本趣味の勃興《ぼっこう》の蔭《かげ》、時局的な統制の下に、軍需景気の煽《あお》りを受けつつ、上層階級の宴席に持て囃《はや》され、たとい一時的にもあれ、かつての勢いを盛り返して来たのも、この国情と社会組織と何か抜き差しならぬ因縁関係があるからだとも思えるのであった。
「今夜はとんぼ[#「とんぼ」に傍点]あたりで、大宴会があるらしいね。」
 均平は珈琲を掻《か》きまわしながら私語《ささや》いた。
 生来ぶっ切ら棒の銀子は、別に返辞もしなかったが、彼女は彼女でそんなことよりも、もっと細かいところへ目を注いでいて、車のなかに反《そ》りかえっている女たちの服装について、その地や色彩や柄のことばかり気にしていた。それというのも彼女もまた場末とはいいながら、ひとかどの芸者の抱え主として、自身はお化粧|嫌《ぎら》いの、身装《みなり》などに一向|頓着《とんじゃく》しないながらに、抱えのお座敷着には、相当金をかける方だからであった。それも安くて割のいいものを捜すとか、古いものを押っくり返し染め返したり、仕立て直したり、手数
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