で勧めた入院の手おくれた謎《なぞ》も釈《と》けて来た。

      四

 均平は場所もあろうのに、こんな不潔な絃歌《げんか》の巷《ちまた》で、女に家をもたせたりして納まっている自分を擽《くすぐ》ったく思い、ひそかに反省することもあり、そんな時に限って、気紛《きまぐ》れ半分宗教書を繙《ひもと》いたり、少年時代に感奮させられた聖賢の書を引っ張り出したりするのだったが、本来|稟質《ひんしつ》が薄く、深く沈潜することができないせいもあって、それらの書物も言葉や文章は面白いが、それを飯の種子《たね》として取り扱うのならとにかく、宇宙観や人生観を導き出すにはあまりに非科学的で、身につきそうはなかった。中学時代に読んだダアウィンやヘッケルのような古い科学書の方がまだしも身についている感じだった。
「君だって何かなくては困るよ。いつも若ければいいが、年を取れば取るほど生活の伴侶《はんりょ》は必要だよ。」
 これも中年で妻を失った均平の友人の言葉で、均平は近頃この友人の刊行物を、少し手伝っていた。
 例のお医者も、この辺を往診のついでに、時々様子を見に来たりして、「あの人は金取りではないね」と、銀子
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