ように、それでも万一の場合を慮《おもんぱ》かって廃業とまでは行かず、一時休業届を出して一軒もつことになった。均平も重荷は背負《しょ》いたくはなかったが、彼女を失いたくもなかった。
「それはね、私もああいう世界に知った人もあって、少しは事情も解《わか》っているが、よしんば踏台にされないまでも、金が続かなくなると女も考え出すし、こっちは今まで入れ揚げた金に未練も出て来て、なかなか面倒なもので、大抵の人が手を焼くんですよ。」
 均平が懇意なダンス友達の医者に、それとなく意見をきいた時、友達は言っていた。均平も自信はなく、先が案じられたが、今更逃げを張る気にもなれず、銀子の一本気な性格にも信頼していた。
 家は松の家と裏の路次づたいに往来のできる、今まで置き家であった小体《こてい》な二階屋であった。初め均平は出入りに近所の目が恥ずかしく、方々縁台など持ち出している、宵《よい》のうちはことにも肩身が狭く、できるだけ二階にじっとしていることにした。そのころになると、主人が生前|見栄《みえ》を張っていた松の家も、貸金があると思っていた方に逆に借金のあることが解ったり、電話も担保に入っていたりして、皆
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