座敷の戦法であり、映画で見たり物の本で読んだりしたことが、種になっているものらしかった。
ある時、それはちょうどお盆少し前のことで、置き家では出先へのお配り物などで、忙しい最中に銀子の主人は扁桃腺《へんとうせん》で倒れ、二階に寝ていたが、かつては十四五人の抱えをおき、全盛をきわめていた松の家というその家も、今度銀子が看板借りで来た時分には、あまり売れのよくない妓《こ》が二人いるきりで、銀子の月々入れる少しばかりの看板料すら当てにするようになっていた。しかし主人は人使いが巧いようにやり繰りも上手で、銀子や家人の前には少しも襤褸《ぼろ》を出さず、看板を落とすようなことはなかった。
「扁桃腺でそんなに酷《ひど》くなるなんて可笑しいね。腎臓《じんぞう》じゃないのか。」
均平は銀子の松次から、その容体をきいた時、そんな直感が動いた。その主人は五十七で、今の女房が銀子より五つ六つ年若の二十四だということも思い合わされた。
「少し手おくれなの。お医者のいうには、松島さんどうも膿《うみ》を呑《の》んだらしいというの。もう顔に水腫《むくみ》が来てるようだわ。」
そしてその次ぎに逢《あ》った時には、
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