一本になりたてを、派手な落籍祝いをして落籍したり、見栄《みえ》ばった札びらの切り方をするのは、大抵近郊の地主とか、株屋であり、最近では鉄成金であり、重工業関係の人たちであったが、それも時局情勢の進展につれてようやく下火になって来た。
 均平はこの世界以外の少し晴々した場所で遊んだ習慣があり、待合の狭苦しい部屋に気詰りを感じ、持前の放浪癖も手伝って、時々場所をかえては気分を紛らせるのであった。それには彼女も体の自由な看板借りであり、何かというと用事をつけて、出歩くのであった。銀子が今度出たときからお馴染《なじみ》になった、赤羽辺の大地主や、王子辺のある婦人科の病院長の噂《うわさ》をして聞かせるのは、大抵話の種のない均平とそんな処《ところ》で寛《くつろ》ぎながら飯を食っている時のことで、下町にいたころのこと、震災後避難民として、田舎《いなか》へ行っていて、東京から追いかけて来た男に売られた話も、断片的に面白|可笑《おか》しく語られた。抱え主の親爺《おやじ》の話もちょいちょい均平の耳へ入った。ある点は誇張であり、ある点はナイブな彼女の頭脳《あたま》で仕組まれた虚構であった。無論それも彼女のお
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