。元の古巣へ逆戻りした以上、這《は》いあがるためには何か掴《つか》まなければならなかった。この世界では、二十二三ともなれば、それはもう年増《としま》の部類で、二十六七にもなれば、お婆《ばあ》さんの方で、若い妓《こ》の繋《つな》ぎに呼ばれるか、遊びに年期の入った年輩者の座持ちに呼ばれるくらいが落ちであり、男に苦い経験のある女が男を警戒するように女に失敗した男は用心して深入りしず、看板借りともなれば、どんな附き物があるか解《わか》らなかった。しかし銀子は世帯《しょたい》崩れのようには見えず、顔にもお酌《しゃく》時代の面影が残っており、健康な肉体の持主であった。
「君はこの土地の人のようには見えんね、それに芸者色にもなっていないじゃないか。」
「商売に出ていたのは、前後で六年くらいのものですから。それも半分は芳町《よしちょう》でしたの。」
 その時分は銀子もまだ苦い汁《しる》の後味が舌に残りながら、四年間|同棲《どうせい》した、一つ年上の男のことが、綺麗《きれい》さっぱりとは清算しきれずにいた。均平の方が一時代も年が上なので、銀子は物解りのいい相手のように思われるせいか、ある時、
「二三日前
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