に木元がふらりとやって来たのよ。」
と話した。
「私が風呂から帰って来ると、姐《ねえ》さんが木元さんが来たというのよ。ちょっと貴女《あなた》に話があるから、うき世で待っているとか言ってたわ、と言うのよ。私もどうしようかと思ったけれど、逃げを張るにも当たらないことだから、春芳《はるよし》さんを抱いて行ってみたの。ところがしばらくの間に汚い姿になっているのよ。ワイシャツも汚《よご》れているし、よく見ると靴足袋《くつたび》も踵《かかと》に穴があいてるの。」
彼は仲の町の引手茶屋の二男坊であり、ちょうど浅草に出ていた銀子と一緒になった時分には、東京はまだ震災後の復興時代で、彼も材木屋として木場に店をもち、小僧もつかい、友達付き合いも派手にやっていた。しかし遊びや花が好きで、金使いが荒く、初めての銀子の夫婦生活にすぐに幻滅が来た。
「それからどうした。」
均平はきいた。
「別にお金の無心でもないの。坊っちゃん育ちだから、金を貸してくれとも言えないのね。ただ今までは悪かったと言ってるの。」
「君は甘いから小遣《こづかい》でもやったんだろう。」
「まさか。さんざん無駄奉公させられたんですもの。
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