を振った。
ホテルへ帰ると、均平はちょうど一ト風呂《ふろ》浴びて来たところであった。
「どうした?」
「方々買いものして駅で別れてしまいましたわ。」
「そう。」
均平は椅子《いす》に腰かけ、煙草《たばこ》にマッチを擦《す》ったが、侘《わび》しい顔をしていた。
「帰るというものを、強いて引っ張って来ても悪いと思ったから。でも富士屋で曹達水《ソーダすい》呑《の》んだり何かして。」
「まあいいさ。一度|逢《あ》っておけば。」
そう言って均平も顔に絡《まつ》わる煙草の煙を払っていた。
時の流れ
一
均平がこの町中の一|区劃《くかく》にある遊び場所に足を踏み入れた時は、彼の会社における地位も危なくなり、懐《ふところ》も寂しくなっていた。銀子はちょっと逢ったところでは、ウェーブをかけた髪や顔の化粧が、芸者らしくなく、態度や言葉|遣《づか》いもお上品らしく、いくらか猫《ねこ》を被《かぶ》っていた。芸者がることは彼女も嫌《きら》いであり、ただ結婚の破綻《はたん》で、女にしては最も大切な時代の四年を棒に振ったことは、何と言っても心外であり、再び振り返ろうとも思わなかった
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