ただ》そうともしず、その推定を良人《おっと》にも話せば、三村の老母にも宣伝し、後で大笑いになったこともあったが、その時銀子たちを送って出た女中の感じもよくなかったし、目にみえぬ家庭の雰囲気《ふんいき》も険悪であった。ちょうど帰りぎわに均平に送られて、玄関へ出て来た時、ちろちろと飛び出して来たのは、九つか十の加世子で、誰かが窘《たしな》めるように「加世子さんいけません」と緊張した小声で言っていたのが、銀子の耳に残った。
 銀子はちらとそのことを思い出し、あながちにそのためとも言えなかったが、強《し》いて加世子を引き留める気にもなれなかった。
「風呂《ふろ》へでも入って、ゆっくりしていらしたらどう。」
「ええまた。黙って帰っても悪りんですけれど、あまり遅くなっても。」
「そうお。」
 加世子は女中に切符を買わせ、もう一度銀子にお辞儀をして、改札口から入って行ったが、銀子はいつまでもそこに立っていた。還《かえ》して悪いような気もした。
 やがて列車が入って来て、加世子たちの乗りこむのが見え、乗りこんでからも、窓から顔を出して軽く手を振った。思い做《な》しか、涙をふいたようにも見えた。銀子も手
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