あったりして、宿場の面影がいくらか残っており、近代式のこの喫茶店とは折り合わない感じであったが、チャチな新しい文化よりも、そうした黴《かび》くさいものの匂いを懐かしむ若い人たちもあるのであった。
銀子はそのどっちでもなかったが、どこがよくて若い娘たちが何かというと喫茶店へ入るのか、解《わか》りかねた。彼女もかつての結婚生活が巧く行かず、のらくらの良人《おっと》を励まし世帯を維持するために、銀座のカフエへ通ったこともあったが、女給たちの体が自由なだけに生活はびっくりするほど無軌道で、目を掩《おお》うようなことが多く、肌が合わなかった。喫茶店はそれとは違って、ずっと清潔であり、学生を相手にする営業だということは解っていても、喫茶ガアルもカフエの卵だくらいの観念しかもてず、隅《すみ》っこのボックスに納まって、ストロオを口にしている、乳くさい学生のアベックなどを見ると、歯の浮くような気がするのだったが、加世子にはそんな不良じみたところは少しもなかった。
二人は思い思いの飲みものを取って、少し汗ばんだ顔を直したりしてから、そこを出た。
駅前まで来た時、加世子はもう一度ホテルヘ帰り父に挨拶《
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