歩きながら、大通りへ出て行った。銀子は唐物屋《とうぶつや》や呉服屋、足袋屋《たびや》などが目につき、純綿物があるかと覗《のぞ》いてみたが、一昨年草津や熱海《あたみ》へ団体旅行をした時のようには、品が見つかりそうにもなかった。
「このごろはどこの有閑マダムでも、掘出しものをするのに夢中よ。有り余るほど買溜《かいだ》めしていてもそうなのよ。お父さんは買溜めするなと言うんですけれど、この稼業《かぎょう》をしていると、そうも行かないでしょう。足袋なんかもスフ入りは三日ともちませんもの。だから高くても何でもね。」
「そうよ。」
銀子は菓子屋や雑貨店なども、あちこち見て歩いた。そして氷豆腐や胡桃《くるみ》をうんと買いこんだ。加世子はキャンデイを見つけ、うんとあるパンやバタも買った。
十一
富士屋の前へ来た時、
「冷たいものでも飲みましょうか。」
と加世子が店先に立ち止まったので、「いいわ」と銀子も同意した。それから先へ行くと、宿屋の構えも広重《ひろしげ》の画《え》にでもありそうな、脚絆《きゃはん》甲掛けに両掛けの旅客でも草鞋《わらじ》をぬいでいそうな広い土間が上がり口に取って
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