銀子のことを考えたりして、玄関口へ出た。

      八

 均平はしばらく玄関前で、加世子たちの出て来るのを待ってから、やがて製材所の傍《そば》を通って街道《かいどう》へ登った。この道を奥の方へと荷馬車の通うのにも出逢《であ》ったが、人里がありそうにも思えない荒寥《こうりょう》たる感じで、陰鬱《いんうつ》な樹木の姿も粗野であった。
 途中に、それでも少し小高い処《ところ》に、ペンキ塗りの新築のかなり大きな別荘があり、レコオドの音が朗らかに聞こえ、製氷会社と土地会社を兼ねた事務所があったりした。
「お兄さま感謝していましたわ。」
 加世子は父と並んで歩き出した時言った。
「感謝!」
「それからお兄さまこのごろになって、お父さまの心持がやっと解《わか》るような気がすると言っていましたけれど。」
「可哀《かわい》そうに病気して気が弱くなったんだろう。」
「それもあるでしょうけれど、あれで随分しっかりしたところもあるわ。」
「何しろあの時分は、お母さんが少し子供に甘くしすぎたんだよ。己《おれ》は子供の時から貧乏に育って、少しいじけていたもんだから、お母さんのやることが気に入らなかった。学生
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