で、加世子も言った。
 均平は均一の傍へ寄って、痩《や》せた手を握り、
「俺も何か物質的に援助もしたいと思うのだが、今のところその力はない。お前たちのためには、まことに頼りのない父だが、これもどうも仕様がない。辛抱も大事だが金も必要だからね。」
「いや、そんな心配はありません。」
「丈夫になったら、元通り勤めることになってるのだろうね。」
「まあそうです。しかし三年も四年も休んでいると、すベてがそれだけ後《おく》れてしもうわけです。この損失を取り還《かえ》すのは大変です。僕はもし丈夫になったら、今度は方嚮《ほうこう》をかえるつもりです。」
「方嚮をかえるって……。」
「向うで懇意になった映画界の人がいますから、あの世界へ入ってみようかとも思っています。」
「それもいいだろうが、三村の老人や他の皆さんともよく相談することだね。」
「お祖父《じい》さんは僕のことなんか、そう心配していません。」
「とにかく体が大事だ。偉くなる必要もないから、幸福にお暮らしなさい。」
「は。」
 均一は素直に頷《うなず》いた。
 均平は思い切って病室を出てしまった。何か足が重く、心が後へ残るのだったが、わざと
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