いは読み、お茶の道楽もあり、明治から大正へかけての成功者として、黄金万能の処世哲学には均平もしばしば中《あ》てられたものだが、それはそれとして俗物としては偉大な俗物だと感心しないわけにいかなかった。こんな時勢を彼はどんなふうに考えているであろうか。多分戦争でもすめば、日本の財界はすばらしい景気になり、自分のもっている不動産も桁《けた》はずれに値があがり、世界戦以上の黄金時代が来るものと楽観しているであろうか。
 均平は加世子と枕《まくら》を並べて寝ながら、そんなことを考えていたが、加世子は少し離れて入口の方に寝ている女中と、お付きの女が氷をかいている患者のことや、療養所の看護婦や、均一と同室のいつもヴァイオリンをひいている患者の噂《うわさ》などで、しばらくぼそぼそと話をしていた。
 均平はもしかしたら、銀子を一足先へ帰して、二三日この山荘に逗留《とうりゅう》し、山登りでもしてみたいような気もしたが、どうせ同棲《どうせい》というわけにもいかない運命だと思うと、愛着を深くしない方が、かえって双方の幸福だという気もして口へは出さなかった。
 ラジオは戦争のニュースであった。
「まだやってるわ
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