。寝られないわ。」
加世子が寝返りした。
「それに雨がふるんですもの。」
女中が答えた。
「明日晴れるかしら。ここはお天気のいい日はとてもいいんですわ。お父さんしばらくいらしてもいいんでしょう。」
「さあ、それでもいいんだが、誰か東京から来やしないか。それに己《おれ》もここは一日のつもりで来たんだから。」
加世子は黙って天井を見詰め、むっちりした白い手を出して、指先で頭をかいていたが、またごそごそ身動きをしたと思うと、今度は後ろ向きになって眠った。均平はふと妻の死の前後のことが憶《おも》い出され、小学校へ上がったばかりの加世子が、帰って来ると時々それとなし母を捜して歩き、来る女ごとに手を伸ばし、抱きつきたがる可憐《いじら》しい姿が浮かんで来て、思わず目が熱くなって来た。
六
翌朝は晴天であった。
均平はラジオ体操で目がさめ、階下《した》へおりて指先の凍るような井戸の水で顔を洗い、上半身をも拭《ふ》いて崖《がけ》はずれの処《ところ》に開けた畑の小逕《こみち》や建物のまわりを歩いていた。軽い朝風の膚《はだ》ざわりは爽快《そうかい》だったが、太陽の光熱は強く、高原の
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