も思えなかった。しかし加世子や均一の前途がやッぱり不安で、加世子のためには均一の生命が、均一のためには加世子の存在が必要であった。
「そう心配したものでもないのよ。結婚してしまえば、旦那《だんな》さまや奥さまに愛せられて、自分々々の生活に立て籠《こ》もるのよ。」
 銀子に言われると、それもそうかと思うのであった。
 玄関の喫煙場で、隆と友人とが山の話をしていたが、ここにも病人があるらしく、若い女が流しの方で、しきりに氷をかいていた。二人の青年をも加えて、ビールをぬき晩餐《ばんさん》の食卓についたのは、もう夜で、食事がすんでから間もなく隆たちは東京へ立っていった。

      五

 加世子が隆たちを駅へ送って帰って来ると、もう八時半で、階下《した》からラジオ・ドラマの放送があり、都会で型にはめて作った例の田舎《いなか》言葉でお喋《しゃべ》りをしているのが、こんな山の中で聞いていると、一層|故意《わざ》とらしく、いつも同じような型の会話だけの芝居が、かつての動作だけの無声映画と同じく、ひどく厭味《いやみ》なものに聞こえた。
 加世子も毎晩このラジオには悩まされるらしく、
「今夜はまた声
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