かなかだね。」
「ええ。今度の入院費なんかは別ですけど。」
「あんたはずっといるつもりか。」
「さあどうしようかと思ってますよ。看護婦もついていますし、療養所は若い人ばかりで賑《にぎ》やかだから、ちっとも寂しいと思わないと言うし、一週間もしたら帰ろうかと思っていますよ。だってこんなつまらない処ってありませんわ。」
久しぶりで親子水入らずで、お茶を呑《の》みバナナを食べながら、そんな話をしているうちに風呂《ふろ》の支度《したく》が出来、均平は裏梯子《うらばしご》をおりて風呂場へ行った。風呂に浸《つか》っていると、ちょうど窓から雨にぬれた山の翠《みどり》が眉《まゆ》に迫って来て、父子《おやこ》の人情でちょっと滅入《めい》り気味になっていた頭脳《あたま》が軽くなった。
北の国で育った均平は、自分の賦質に何か一脈の冷めたいものが流れているような気がしてならなかった。老年期の父の血を受けたせいか、とかく感激性に乏しく、情熱にも欠けており、骨肉の愛なぞにも疎《うと》いのだと思われてならなかった。加世子たちに対する気持も、ほんの凡夫の女々《めめ》しい愛情で、自分で考えているほど痛切な悩みがあると
前へ
次へ
全307ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング