ったが、中学時代にも肋膜《ろくまく》で、一年ばかり本家の別荘で静養したこともあった。
 手紙を読んだ均平の頭脳《あたま》に、いろいろの取留めない感情が往来した。早産後妻が病院で死んだこと、そのころから三村本家の人たちの感情がにわかに冷たくなり、自分の気持に僻《ひが》みというものを初めて経験したこと、郁子の印鑑はもちろん、名義になっている公債や、身につけていた金目の装身具など、誰かいつの間にもって行ったのか、あらかたなくなっていたことも不愉快であった。均平はそれを口にも出さなかったが、物質に生きる人の心のさもしさが哀れまれたり、先輩の斡旋《あっせん》でうっかりそんな家庭に入って来た自身が、厭《いと》わしく思えたりした。世話した先輩にも、どうしてみようもなかったが、均平も醜い争いはしたくなかった。
「どうしたんです。」
 均平が黙って俛《うつむ》いているので、銀子はきいた。
「いや、均一が富士見へ行ってるそうで、己《おれ》に逢いたいそうだ。」
「よほど悪いのかしら。」
「さあ。」
「いずれにしても、加世子さんからそう言って来たのなら、行ってあげなきゃ……何なら私も行くわ。中央線は往《い》っ
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