はしなかった。毎日の新聞はよく読むが、均平が事件の成行きを案じ、一応現実を否定しないではいられないのに反し、ともすると統制で蒙《こうむ》りがちな商売のやりにくさを、こぼすようなこともなかった。
「幕末には二年も続いてひどい飢饉《ききん》があったんだぜ。六月に袷《あわせ》を着るという冷気でね。」
返辞のしようもないので、銀子は黙ってパンを食べていた。
次の皿の来る間、窓の下を眺めていた均平は、ふと三台の人力車が、一台の自動車と並んで、今人足のめまぐるしい銀座の大通りを突っ切ろうとして、しばしこの通りの出端《ではな》に立往生しているのが目についた。そしてそれが行きすぎる間もなく、また他の一台が威勢よくやって来て、大通りを突っ切って行った。
二
もちろん車は二台や三台に止《とど》まらなかった。レストウランの食事時間と同じに、ちょうど五時が商売の許された時間なので、六時に近い今があだかも潮時でもあるらしく、ちょっと間をおいては三台五台と駈《か》け出して来る車は、みるみる何十台とも知れぬ数に上り、ともすると先が閊《つか》えるほど後から後から押し寄せて来るのであった。それはこ
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