界へ蘇《よみがえ》ったと思うと、そこに見知らぬ老翁の恐《こわ》い顔が見え、傍《そば》に白衣の看護婦や梅村医師、父やお神も顔を並べているのに気がつき、これが臨終なのかとも思われた。若林もお神の電話で駈けつけ、最後の彼女を見守っていた。
「お銀しっかりするんだぞ。」
 父親が目を拭《ふ》きながら繰り返し呼んだが、頷《うなず》く力もなく、目蓋《まぶた》も重たげであった。
「晴子、お前何も心配することはないから安心しておいで。何か言いたいことがあったら、遠慮なし言ってごらん。」
 若林も耳に口を寄せ、呟《つぶや》くのだったが、銀子は後のことを頼むつもりらしく、何か言いたげに唇《くちびる》をぴくつかせるだけであった。彼女は頭も毬栗《いがぐり》で、頬《ほお》はげっそり削《そ》げ鼻は尖《とが》り、手も蝋色《ろういろ》に痩《や》せ細っていたが、病気は急性の肺炎に、腹膜と腎臓《じんぞう》の併発症があり、梅村医師が懇意ずくで来診を求めた帝大のM―老博士も首を捻《ひね》ったくらいであったが、不断から銀子に好感をもっていた医師は容易に匙《さじ》を投げず、この一週間というもの、ほとんど徹宵《よっぴて》付ききりで
前へ 次へ
全307ページ中288ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング