正常に還《かえ》った時には、内輪であった彼女の性格も一変していた。
彼女の矜《ほこ》りは後藤の屋敷に愛せられていたことであり、抱えたちにもよく主人の日常を語って聞かせるのだったが、無軌道な彼女の虚栄《みえ》の種子を植えつけたのもおそらく数年間の奉公に染《し》みこんだその家庭の雰囲気《ふんいき》であり、それが良人の戦歿後《せんぼつご》、しばらく中断状態にあった心神の恢復《かいふく》とともに芽出しはじめ、凄《すご》い相手をでも見つけるつもりで、彼女は新橋から芸者としての第一歩を踏み出したものであった。
政治によらず実業によらず、明治時代のいわゆる成功には新柳二橋の花柳界が必ず付き纏《まと》っており、政党花やかなりし過去はもちろん、今この時代になっても、上層の社交に欠くべからざるものは花柳界であり、新柳二橋の大宴会は絶えない現状であるが、下層階級の娘たちの虚栄《みえ》も、大抵あの辺を根拠として発展したものらしかった。上層階級の空気を吸って来た民子が、良人に死に訣《わか》れ、胎児をも流した果てに、死から蘇《よみがえ》って新橋へ身を投じたのも、あながち訳のわからぬ筋道でもないのであった。
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