ず、辣腕《らつわん》を揮《ふる》いつくした果てに、負債で首がまわらず、夜逃げ同様に土地を売ることになった彼女の生涯もひどく数寄なものだと思われるのだった。
民子は浦和の小地主の娘として生まれ、少女時代を東京で堅い屋敷奉公に過ごし、その屋敷が時代の英傑後藤新平の家であり、目端《めはし》の利くところから、主人に可愛《かわい》がられ、十八までそこの奥向きの小間使として働き、やがて馬喰町《ばくろちょう》のある仕舞《しも》うた家に片着いたのだった。馬喰町といっても彼女の片着いたのは士《さむらい》階級で、土地や家作で裕福に暮らしており、民子の良人《おっと》も学校出であったところから予備少尉として軍籍にあった。そこでは本妻に子がなく、その時分にはまだそんな習慣もあって、彼は子種を取るためのお腹様の腹から産まれたのであり、本妻の子として育てられたものだったが、結婚生活の二年目に日露の戦争が起こり、彼も出征して戦死してしまった。その時民子は妊娠九カ月であり、戦死と聞くと瞬間激しい衝動にうたれてにわかに逆上し、心神を喪失して脳病院に担《かつ》ぎこまれ、そこで流産したきり、三年たらずもの歳月を送り、やっと
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