っており、それを上がったところに、六畳と三畳があり、下は親子三人に小僧一人の下駄屋の住居《すまい》という、切り詰め方で、許可地以外に喰《は》み出ることを許されない盛り場としてはそこへ割り込むのも容易ではなかった。
春よしというこの小さい置家も、元は土地の顔役の経営に係るある大看板の分れで、最近まで分け看板の名で営業していたのだったが、方々|流浪《るろう》した果てに、やっとここに落ち着くことになったお神の芳村民子の山勘なやり口が、何か本家との間に事件を起こし、機嫌《きげん》を害《そこ》ねたところから、看板を取りあげられ、今の春よしを新規に名乗ることになったので、土地では新看板であり、お神専用の二階と下の廊下と別々に、二本の電話がひいてあり、家は小さくても、表を花やかに虚栄《みえ》を張っていた。
一軒の主《あるじ》となった今、銀子は時々このお神のことが想《おも》い出され、大阪へ落ちて行ったとばかりで、消息も知れない彼女のそのころの、放漫なやり口の機関《からくり》がやっと解《わか》るような気がするのだったが、分けや丸、半玉と十余人の抱えの稼《かせ》ぎからあがる一万もの月々の収入も身につか
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