しだが、何か話があったろう。」
「何だかそんなこといっていたけれど、私《あたい》あんな男|大嫌《だいきら》いさ。」
「どうしてさ。ああいう大金持よりも、あんな人の方がよほどいいと思うがな。」
「お銀が嫌いなものを、お前《めえ》がいくら気に入ったって仕様があるもんか。」
父は煩《うる》さがり、言葉荒くやりこめた。
裏木戸
一
翌日の晩方、銀子は芳町《よしちょう》の春よしというその芸者屋へ行ってみた。
春よしは人形町通りを梅園《うめぞの》横丁へ入ったところで、ちょうど大門《おおもん》通りへぬける路地のなかにあった。幕府の末期までこの辺に伝馬町《てんまちょう》の大牢《おおろう》とともに芳原《よしわら》があったので、芳町といい大門通りというのも、それに因《ちな》んだものだと言われていたが、春芳は三百に近い土地の置家のなかでは微々たる存在であり、家も豚小屋のように手狭なものであった。下は大門通りに店をもっている母屋《おもや》の下駄屋《げたや》と共通の台所が、板壁一枚で仕切られ、四畳半の上がり口と台所の間にある廊下に狭い段梯子《だんばしご》がその四畳半のうしろで曲が
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