み》の鰹《かつお》の罐詰屋《かんづめや》と銀行の貸出係との商談の席であり、骨も折れないので、二三人の芸者とお料理を運んだりお酌《しゃく》をしたりしていると、廊下を隔てた、見晴らしのいい広間の宴会席の方では、電気のつく時分に、ようやくぼつぼつ人が集まり、晴れやかな笑い声などが起こり、碁石の音もしていた。その話し声のなかに、廊下を通って行く時から、聴《き》いたような声だと思う声が一つあり、ふと栗栖の声を思い出し、よく似た声もあるものだと、聴耳《ききみみ》を立てていたのだったが、錯覚であろうかとも思っていた。まさか栗栖がこの土地へ来ようとは思えなかった。
十五六人の集まりで、配膳《はいぜん》が始まり、席が定まった時分に、寿々龍の銀子も女中に声かけられ、三十畳ばかりの広間へ入って行き、女中の運んで来た銚子《ちょうし》をもつと、つかつかと正面床の間の方へ行き、土地では看板の古い家の姐《ねえ》さんの坐っている床柱から二三人下の方へ来て、うろ覚えの四十年輩の男から酌をしはじめ、ふと正座の客を見ると、それが思いもかけぬ栗栖であり、しばらくの間に額が少し禿《は》げかかり、色も黒く丸々|肥《ふと》ってい
前へ
次へ
全307ページ中205ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング