本なぞ読むのは、この道場の禁物であり、ひところ流行《はや》った救世軍の、あの私刑にも似た暴挙が、業者に恐慌を来たしていた時代には、うっかり新聞も抱えの目先へ抛《ほう》り出しておけないのであった。法律で保護されていていないような状態におかれていた時代は永く続き、悪桂庵《あくけいあん》にかかり、芸者に喰われても、泣き寝入りが落ちとなりがちな弱い稼業《かぎょう》でもあった。人々は一見仲よく暮らしているように見えながら、親子は親子で、夫婦は夫婦で相喰《あいは》み、不潔物に発生する黴菌《ばいきん》や寄生虫のように、女の血を吸ってあるく人種もあって、はかない人情で緩和され、繊弱《かよわ》い情緒《じょうしょ》で粉飾《ふんしょく》された平和の裡《うち》にも、生存の闘争はいつ止《や》むべしとも見えないのであった。
 銀子も貧乏ゆえに、あっちで喰われこっちで喰われ、身を削《そ》いで親や妹たちのために糧《かて》を稼《かせ》ぐ女の一人なので、青年八百屋が彼女のために、何となしにジャン・バルジャンを読ませようとしたのも、意識したとしないにかかわらず、どこか理窟《りくつ》に合わないこともなさそうであった。
 銀子
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