を喰《く》うようなことはなかったにしても、倉持に封鎖されてからは、出先でも遠慮がち――というよりも融通の利く当てがなくなったところから、野心ある客にはたびたびは出せず、自然色気ぬきの平場《ひらば》ということになり、いくらかのんびりしていられるので、読もうと思えば本も読めないことはなかった。大抵の主人は抱えの読書を嫌《きら》い、厳《きび》しく封ずるのが普通で、東京でも今におき映画すら断然禁じている家《うち》も、少なくなかった。芸者の昼の時間もそう閑《ひま》ではなく、主人の居間から自分たちの寝る処の拭き掃除に、洗濯《せんたく》もしなければならず、お稽古も時には長唄《ながうた》に常磐津《ときわず》、小唄といったふうに、二軒くらいは行き、立て込んでいる髪結いで待たされたり、風呂に行ったりすると、化粧がお座敷の間に合わないこともあり、小説に耽《ふけ》れば自然日課が疎《おろそ》かになるという理由もだが、元来が主人が無智で、そのまた旦那《だんな》も浪花節《なにわぶし》のほかには、洋楽洋画はもちろん歌舞伎《かぶき》や日本の音曲にすら全然|鉄聾《かなつんぼ》の低級なのが多く、抱えが生半可《なまはんか》に
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