棒立ちに凍った手拭《てぬぐい》をぶらさげながら、林檎《りんご》や蜜柑《みかん》を買いに店へ寄ったりした。彼はもとからの八百屋ではないらしく、土地の中学を出てから、東京で苦学し、病気になって故郷へ帰り、母と二人の小体《こてい》な暮しであったが、帳場の後ろの本箱に、文学書類をどっさり持っていた。独歩だとか漱石《そうせき》とかいうものもあったが、トルストイ、ドストエフスキー、モオパサンなどの翻訳が大部を占め、中央公論に婦人公論なども取っていた。
「こういう処《ところ》にいると、本でも読まんことには馬鹿になってしまうからね。僕は八百屋だけれど、読書のお蔭《かげ》で生効《いきがい》を感じている。貴女《あなた》も寂しい時は本を読みなさい。救われますよ。」
顔の蒼《あお》い青年八百屋は、そう言って、翻訳ものをそっと措《お》いて行った。
五
最初おいて行ったのは、涙香《るいこう》の訳にかかるユーゴーの「噫《ああ》無情」で、「こういうところから始めたらいいがすぺい。」
とそう言って、手垢《てあか》のついたその翻訳書を感慨ふかそうに頁《ページ》を繰っていた。
寿々龍の銀子は座敷も暇
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