がないので、たまには客につれられ、汚い桝《ます》のなかで行火《あんか》に蒲団《ふとん》をかけ、煎餅《せんべい》や菓子を食べながら、冬の半夜を過ごすこともあったが、舞台の道化にげらげら笑い興ずる観衆の中にあって、銀子はふと他国ものの寂しさに襲われたりした。
 分寿々廼家《わけすずのや》というその芸者屋では、銀子より一足先に来た横浜ものの小寿々《こすず》という妓《こ》のほかに、仕込みが一人、ほかに内箱の婆《ばあ》やが一人いて、台所から抱えの取締り一切を委《ゆだ》ねられていたが、もと台湾の巡査に片附いて、長く台北で暮らし、良人《おっと》が死んでから二人の子供をつれて、郷里へ帰り、子供を育てるために寿々廼家で働いているのだったが、飯も炊《た》けば芸者の見張りもし、箱をもってお座敷へも上がって行き、そのたびに銀子が気を利かし二円、三円、時には五円も祝儀《しゅうぎ》をくれるのだったが、その当座はぺこぺこしていても鼻薬が利かなくなると、お世辞気のない新妓《しんこ》の銀子に辛《つら》く当たり、仮借《かしゃく》しなかった。銀子も体に隙《ひま》がないので、拭《ふ》き掃除に追い立てられてばかりもいず、夜床に
前へ 次へ
全307ページ中189ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング