暑い日の晩方、今そこの翫具屋《おもちゃや》で買ったばかりのセルロイドの風車を赤ん坊に見せながら、活動館の前に立って、絵看板を見ていると、栗栖の家の婆《ばあ》やがやって来て、銀子を探していたものと見え、今お宅へ行ったらお留守で、赤ちゃんを抱いているから、どこか近所にいるだろうというから見に来たが、
「あれ貴女《あなた》のお母さんですか。」
と訊《き》くのだった。
「そうよ。」
「この赤ちゃんは。」
「私の赤ん坊よ。」
銀子は笑談《じょうだん》を言ったが、正直な婆やはちょっと真《ま》に受け、「まさか」と顔を見比べて笑っていた。
映画の絵看板は「裁《さば》かるるジャンヌ」であった。ドムレミイの村で母の傍で糸を紡《つむ》いでいたジャンヌ・ダークが、一旦天の啓示を受けると、信仰ぶかい彼女は自らを神から択《えら》ばれた救国の使徒と信じきり、男装して馬をオルレアンの敵陣に駆り入れるところや、教会の立場から彼女の意志を翻させようとするピエール・コオションの厳《きび》しい訊問《じんもん》を受けながら、素直にしかし敢然と屈しなかったこの神がかりの少女が、ついに火刑の煙に捲《ま》かれながら、「私の言葉
前へ
次へ
全307ページ中170ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング