う》のような気がして、これが自分の家という感じがしなかった。銀子も商売を始めない以前の一年ばかり、ここからずっと奥の方にあった均平の家へ入りこんでいたこともあって、子供もいただけに、もっといやな思いをしたのであったが、均平も持ちきれない感じで、「私はどうすればいいかしら」と苦しんでいるのを見ながら、どうすることもできなかった。そういう時に、自力で起《た》ちあがる腹を決めるのが、夙《はや》くから世間へ放《ほう》り出されて、苦しんで来た彼女の強味で、諦めもよかったが、転身にも敏捷《びんしょう》であった。今まではこの世界から足を洗いたいのが念願で、ましてこの商売の裏表をよく知っているだけに、二度と後を振り返らないつもりであったが、一度この世界の雰囲気《ふんいき》に浸った以上、そこで這《は》いあがるよりほかなかった。
「そう気を腐らしてばかりいても仕方がないから、ここで一つ思い切って置き家を一軒出してみたらどうかね。」
母が言うので銀子もその気になり、いくらかの手持と母の臍繰《へそく》りとを纏《まと》めて株を買い、思ってもみなかったこの商売に取りついたのだった。銀子の気象と働きぶりを知ってい
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