「ううん。」
 銀子の牡丹は苦笑しながら、照れ隠しに部屋をあちこち動いていたが、風に吹かれる一茎の葦《あし》のように、繊弱《かよわ》い心は微《かす》かに戦《そよ》いでいた。
「どうも少し変だよ、君、何か心配事でもあるんじゃないの。商売上のこととか、親のこととか。」
 栗栖はワイシャツを着ながら尋ねた。
 銀子は何か頭脳《あたま》に物が一杯詰まっているような感じで、返辞もできずに、猫《ねこ》が飼主に粘《へば》りついているように、栗栖の周囲《まわり》を去らなかった。
「君何かあるんだろう。今夜僕に何か訴えに来たんじゃないのか。それだったら遠慮なく言う方がいいぜ。」
 銀子は目に涙をためていたが、栗栖もちょっとてこずるくらい童蒙《どうもう》な表情をしていた。彼女は何ということなし、ただ人気のない遠い処《ところ》へ行きたいような気が漠然《ばくぜん》としていた。蒼《あお》い無限の海原《うなばら》が自分を吸い込もうとして蜿蜒《うねり》をうっている、それがまず目に浮かぶのであった。彼女は稲毛《いなげ》の料亭《りょうてい》にある宴会に呼ばれ、夜がふけてから、朋輩《ほうばい》と車を連ねて、暗い野道を帰
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