ある晩わざと家をぬけ出して、ふらふらと栗栖の家の前まで来た。
九
栗栖は隅《すみ》に椅子《いす》卓子《テイブル》などを置いてある八畳の日本|室《ま》で、ドイツ語の医学書を読んでいたが、銀子の牡丹がふらふらと入って来るのを見ると、見られては悪いものか何ぞのように、ぴたりと閉じた。銀子は咽喉《のど》に湿布をして、右の顎骨《あごぼね》あたりの肉が、まだいくらか腫《は》れているように見えたが、目にも潤《うる》みをもっていた。そして「今晩は」ともいわず、ぐったり壁際《かべぎわ》の長椅子にかけた。
「どうしたんだい、今ごろ。」
「夜風に当たっちゃいけないんだよ。」
銀子は頷《うなず》いていたが、栗栖は診《み》てやろうと言って、反射鏡などかけ、銀子を椅子にかけさせて咽喉を覗《のぞ》いたりしたが、ルゴールも塗った。銀子は、親爺が栗栖を忌避して、別の医者にかかっていた。
「含嗽《うがい》してるの。」
「してるわ。」
「今夜は何かあったのかい。変じゃないか。」
栗栖はテイブルの前の回転椅子をこっちへまわし、煙草《たばこ》にマッチを摺《す》った。
「ううん。」
婆《ばあ》やは蜜柑《み
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