うにも思われた。少し吐いたとみえて、嗽《うが》い茶碗《ぢゃわん》や濡手拭《ぬれてぬぐい》が丸盆の上にあった。
昼少し過ぎに、マダムの容態に何か変化が来たのか、昨夜呼ばれた連中の一人である栗栖《くるす》という医学士が来ていた。栗栖は銀子の仕込み時代から何となし可愛《かわい》がってくれた男で、病院へ薬を取りに行ったりすると、薬局へ行って早く作らせてくれたり、病院のなかを見せてくれたりした。そのころ吉川鎌子《よしかわかまこ》と運転手の恋愛事件が、世間にセンセイションを捲《ま》き起こしていたが、千葉と本千葉との間で轢死《れきし》を図り、それがこの病院に収容されているのだった。
「この病室にいるんだよ。」
などと病室の前を足早に通りすぎたこともあった。
マダムお気に入りの銀子が、手洗いの湯やタオルを盆に載せて持って行くと、ちょうど診察が済んだあとで、一両日中に入院でもするような話であった。
「どうも昨夜は失敬した。途中まで送ってあげようと思ったんだけれど、いつの間に帰ったのか……今朝何ともないかい。」
銀子に言うのだった。銀子もこの若い医者が好きなので、前へ出ると顔が少し紅《あか》くなっ
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