じ》が大々した体を小柄の女房に取って組み敷かれたという笑い話もあった。病気は腎臓《じんぞう》に神経痛で、気象のはっきりした銀子が気に入り、肩や腰を擦《さす》らせたりして、小遣《こづか》いをくれたり、菓子を食べさせたりした。
 彼女の話によると、養女が二人あり、みんな大きくなって、年上の方は東京の方で、この商売に取りついており、抱えも五人あって、調子が悪くないというのだったが、下の方もこれもこの土地での評判の美人で、落籍《ひか》されて、東京で勤め人の奥さんで納まっており、子供も三人あるのだった。
「私もこんな病気だもんだからね。あの人たちもいつ死ぬかと思って、少しばかりのものを目当てに時々様子を見て来るのさ。苦労して大きくしてやっても、つまらないものさ。」
 親爺はいつも酒くさい口をしていた。近所の酒場やおでんやでも呑むが、家でも朝から呑んだ。銀子はここでは牡丹《ぼたん》というので出たが、彼はいつもぼた公ぼた公と呼び、お座敷のない時はお酌《しゃく》をさせられた。目のくりくりした丸顔で、玉も撞《つ》くし映画も見るが、浪曲は何よりも好きで、機嫌《きげん》のいい時は楽燕《らくえん》張りの節廻し
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