服従しなければいけない。すべてのものを擲《なげう》って、肉体と魂と一切のものを――生命までも捧《ささ》げるようでなかったら、とても僕の高い愛に値しないというような意味なのよ。結局それでお互いに手紙や荷物を送り返してお終《しま》いなの。――大体岩谷という男は、死んだ奥さんの美しい幻影で頭脳《あたま》が一杯だから、そこいらの有合せものでは満足できないのよ。何だかだととても註文《ちゅうもん》がむずかしくて、私もそれで厭気《いやき》も差したの。自殺したのも、内面にそういう悩みもあったんじゃないの。」
均平も新聞でその顔を見た覚えはあるが、あの時代の政界を濁していた利権屋の悲劇の一つである。事件の経緯《いきさつ》は知らなかった。
「松の家の方は。」
「父さんも少し怖《こわ》くなって来たらしいの。そんなことをたびたびやられちゃ、使うのに骨が折れるから、何なら思うようにしてくれというの。結局松さんやお母さんが口を利いて、私も一生懸命働くということで納まったの。そのために借金が何でも六百円ばかり殖《ふ》えて、取れるなら岩谷から取れというんだけれど、出しもしないし言ってもやれないし、そのままになったけ
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