じを憶《おも》い起こさせるのて、座敷へ姿を現わした刹那《せつな》の印象が心に留まった。しかし満点というわけには行かず、妻の生きた面影は地上では再び見る術《すべ》もなかった。
岩谷の片身難さぬ尺八も、妻の琴に合わせて吹きすさんだ思い出の楽器で、彼はお座敷でも、女たちの三味線《しゃみせん》に合わせて、時々得意の鶴《つる》の巣籠《すごも》りなどを吹くのだった。
岩谷は柔道も達者で、戯れに銀子の松次を寝かしておいて吭《のど》を締め、息の根を止めてみたりした。二度もそんなことがあり、一度は証書を書かせたりした。
「試《ため》すつもりか何だか知らないけれど、いやな悪戯《いたずら》ね、ああいう人たちは、みんなやるわ。」
銀子は言っていたが、情熱的な岩谷には彼女も心を惹《ひ》かれたものらしく、話にロマンチックな色がついていた。
「それでその電話はどうしたのさ」
「私岩谷だと思ったから、いきなり上がって行って電話にかかったの。岩谷はその時|興津《おきつ》にいたんだわ。しょっちゅう方々飛びまわっていたから。それで行く先々に仲間の人がいて、何かしら話があるのね。お金もやるのよ。あれから間もなく松島|遊
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