》の出窓の外が、三尺ばかり八ツ手や青木の植込みになっており、黒石などを配《あしら》ってあったが、何か自分のことらしいので、銀子は足を止めて耳を澄ましていたが、六感で静岡の岩谷《いわや》だということが感づけた。
「……は、ですけれどとにかく今松ちゃんはいないんですよ。もう帰って来るとは思いますけれど、帰ってみなければ何とも申し上げかねますんですよ。何しろ近い所じゃありませんから、同じ遠出でも二晩のものは三晩になり五晩になり、この前のようなことになっても、宅で困りますから。」
しかし話はなかなか切れず、到頭松島がとんとん二階からおりて来て、いきなり電話にかかった。
「先は理窟《りくつ》っぽい岩谷だから、父さんも困っているらしいんだけれど、何とかかとか言って断わっているのよ。」
岩谷はある大政党の幹事長であり、銀子がこの土地で出た三日目に呼ばれ、ずっと続いていた客であった。議会の開催中彼は駿河台《するがだい》に宿を取っていたが、この土地の宿坊にも着替えや書類や尺八などもおいてあり、そこから議会へ通うこともあれば、銀子を馴染《なじみ》の幇間《ほうかん》とともに旅館へ呼び寄せることもあった。
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