松島は怪訝《けげん》な顔をしたが、またあの石屋にでも誘い出されたのではないかと、しばらく忘れていた石屋のことを何となく思い出したりしていた。
しかしそれは当たらず、小菊は昔しの抱え主を訪ね、幼い時代の可憐《いとし》げな自分の姿を追憶し、しみじみ身の上話がしたかったのであった。やり場のない憂愁が胸一杯に塞《ふさ》がっていた。品子は妹といっても、腹違いであり、小菊はお篠にとって義理の娘であった。今までに互いに冷たい感じを抱《いだ》いたことは一度もなかった。
「それじゃ貴女《あなた》も別に一軒出して、新規に花々しく旗挙げしたらどうだえ。」
昔しの主人は言うのであったが、内輪に生まれついた小菊にそんな行動の取れるはずもなかった。
小菊は遅くまで一晩話し、懐かしい浪《なみ》の音を耳にしながら眠ったが、翌日は泳ぎ馴《な》れた海を見に行き、馴染《なじみ》のふかい町の裏通りなど二人で見て歩き、山の観音へもお詣《まい》りして、山手の田圃《たんぼ》なかの料理屋で、二人で銚子《ちょうし》を取り食事をした。
小菊の帰ったのは翌日の朝であった。
「何だってまた己《おれ》の帰るのを見かけて、房州なんか行
前へ
次へ
全307ページ中104ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング