ちょうど卓を囲んで、庸三夫婦と一色と葉子とが、顔を突きあわせている時であったが、間もなく一色と葉子が一緒に暇《いとま》を告げた。
「あの二人はどうかなりそうだね。」
「かも知れませんね。」
後で庸三はそんな気がして、加世子と話したのであったが、そのころ葉子はすでに良人《おっと》や子供と別れ田端の家を引き払って、牛込《うしごめ》で素人家《しろうとや》の二階に間借りすることになっていた。美容術を教わりに来ていた彼女の妹も、彼女たちの兄が学生時代に世話になっていたというその家に同棲《どうせい》していた。葉子は一色の来ない時々、相変らずそこからカフエに通っているものらしかったが、それが一色の気に入らず、どうかすると妹が彼女を迎いに行ったりしたものだが、浮気な彼女の目には、いつもそこに集まって陽気に燥《はしゃ》いでいる芸術家仲間の雰囲気《ふんいき》も、棄《す》てがたいものであった。
庸三は耳にするばかりで、彼女のいるあいだ一度もそのカフエを訪ねたことがなかった。それに連中の間を泳ぎまわっている葉子の噂《うわさ》もあまり香《かん》ばしいものではなかった。
加世子の訃音《ふいん》を受け取った
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