葉子が、半年の余も閉じ籠《こ》もっていた海岸の家を出て、東京へ出て来たのは、加世子の葬式がすんで間もないほどのことであった。
加世子はその一月の二日に脳溢血《のういっけつ》で斃《たお》れたのだったが、その前の年の秋に、一度、健康そうに肥《ふと》った葉子が久しぶりにひょっこり姿を現わした。彼女は一色とそうした恋愛関係をつづけている間に、彼を振り切って、とかく多くの若い女性の憧《あこが》れの的であった、画家の山路草葉《やまじそうよう》のもとに走った。そして一緒に美しい海のほとりにある葉子の故郷の家を訪れてから、東京の郊外にある草葉の新らしい住宅で、たちまち結婚生活に入ったのだった。この結婚は、好感にしろ悪感にしろ、とにかく今まで彼女の容姿に魅惑を感じていた人たちにも、微笑《ほほえ》ましく頷《うなず》けることだったに違いなかった。
葉子は江戸ッ児《こ》肌《はだ》の一色をも好いていたのだったが、芸術と名声に特殊の魅力を感じていた文学少女型の彼女のことなので、到頭出版されることになった処女作の装釘《そうてい》を頼んだのが機縁で、その作品に共鳴した山路の手紙を受け取ると、たちどころに吸いつけら
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