れてしまった。これこそ自分がかねがね捜していた相手だという気がした。そしてそうなると、我慢性のない娘が好きな人形を見つけたように、それを手にしないと承知できなかった。自分のような女性だったら、十分彼を怡《たの》しませるに違いないという、自身の美貌《びぼう》への幻影が常に彼女の浮気心を煽《あお》りたてた。
 ある夜も葉子は、山路と一緒に大川|畔《ばた》のある意気造りの家の二階の静かな小間で、夜更《よふ》けの櫓《ろ》の音を聴《き》きながら、芸術や恋愛の話に耽《ふけ》っていた。故郷の彼女の家の後ろにも、海へ注ぐ川の流れがあって、水が何となく懐かしかった。葉子は幼少のころ、澄んだその流れの底に、あまり遠く押し流されないように紐《ひも》で体を岸の杭《くい》に結わえつけた祖母の死体を見た時の話をしたりした。年を取っても身だしなみを忘れなかった祖母が、生きるのに物憂《ものう》くなっていつも死に憧れていた気持をも、彼女一流の神秘めいた詞《ことば》で話していた。庸三の子供が葉子を形容したように彼女は鳥海山《ちょうかいさん》の谿間《たにま》に生えた一もとの白百合《しらゆり》が、どうかしたはずみに、材木か何
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